宇奈根『山中』のぜいたくかきあげ

海老イカ小柱いっぱい



好きな食べ物は蕎麦だ。
当然ながら手打ち手切りであってほしい。最低のラインとしてニ八以上。十割尚可。

でも、蕎麦屋に行く楽しみの半分は天婦羅にある。天婦羅が食べたい理由の80%はかき揚げが食べたいからだ。かき揚げの具で最も望ましいのは、一位「小柱」二位「海老」三位「イカ」だ。そもそも小柱・海老・イカはすべて好きな食べ物の10位以内に入っているくらいなのだ。

小柱がたくさん入ったかき揚げといえば『土手の伊勢屋』だ。テレビや雑誌に取り上げられて『伊勢屋』は穴子天丼で有名になってしまったが、この店で海老と小柱のかき揚げを食べないのはもったいない。

近くで生まれ育った。変に有名店になる以前は普通に家族で通っていた。当時は出前!すらしていた。でも現在は出前どころか、入店するのも一仕事らしい。運良く入店しても追い立てられるように天丼をかっ込んで勘定をする。だっていつも長蛇の列なのだ。そんな思いをして食べてもけっして安くはないらしい。しかも、かき揚げにイカは入っていない。

で、『土手の伊勢屋』のことはグルメのお嬢ちゃんやおばさんたちに任せてしまおう。昔のいい夢だったと忘れる。
で、だ。どこか他店で小柱と海老がたくさん入ったかき揚げをアテにしてのんびり一杯やりたいというのが、庶民大衆民衆公衆人民構成員の一人であるわたしのささやかな夢だったのだ。

でも、このかき揚げ三種のジンギがそろうことはまれなのだ。ときどきある。でも「たくさん」というところがなかなかクリアできない。海老はたっぷり入っていても小柱が少ないとか。そもそもイカが入っていない店が多い。

自己実現の最終型として、理想のかき揚げを探し求めるのだと決めてから、ほんとうに永い間、苦しい遍歴と挫折を重ねてきた。ほとんど諦めてしまっていたよ。たかがかき揚げだろう、なんて言われたくない。本人の意識の上では、完全なる理想の女性を探し求めて遍歴を重ねる"ドン・ファン"の心境なのだ。

じゃあ、なじみの店で特注でお願いすればいいじゃないか、なんて言うなかれ。夢がかなっちまったらその後どうすればいいんだ。少なくとも遍歴を正当化するための建前というか、わかりやすい理由がなくなってしまうじゃないか。そんなの困る。人生の機微のわからない奴め!

ま、そんないい加減な理由で理想のかき揚げ探しを人生の目的としてきた。…で、困ったことに、メニューの中に見つけてしまったのだ。宇奈根『山中』でだ。
「ぜいたくかきあげ」というやつだ。エビ・小柱・イカ・ミツバ入りと書いてあった。遂に出会ってしまうのかという嫌な予感がした。読まなかったことにしようかとも思った…。



しかし、ここで現実から目をそらしてしまっては人として終わりだ。ここで終わってもいい。朽ち果ててもいい。自己実現の旅はここまででもいい。と、なけなしの勇気を振り絞ってオーダーしてみた。うまかった。海老も小柱もイカもいっぱい入っていた。なんという贅沢。これで1,000円か…。



がっくり。これで生きていくためのモチベーションを20ポイントは失った・・・・・・・・・・。
でも、だいじょうぶだよ。もう一度あいつを食べたいというモチベーションが生まれてきたからだ。一食5ポイントだ。と、かってに決める。すぐに挽回できる。鋼鉄の鎧も兜も小手もを売ったゴールドでミスリルの鎧が手に入ったようなものだ。

また来週も行ってしまいそうな予感。
宇奈根『山中』。ポタリングしていて開業そうそうを偶然見つけた店だ。いいなあ。いい具合に混んでいる。都心に進出すれば大繁盛店になることはまちがいない。でも、そうなるとこの値段ではやっていられないだろう。ずっとこの場所にいてくれるといいんだけど。



hosanm@gmail.com