広瀬正『マイナス・ゼロ』の復刊

広瀬正 マイナス・ゼロ



なつかしい。広瀬正の小説。しかも『マイナス・ゼロ』だ。買ってしまった。文庫本500ページを夢中になって一日で読了。眠い。
一気読み。最初に読んだときと較べると雲泥の差だ。

最初は同人誌の連載で読んだ。商業誌ではない。同人誌を読む楽しみは、まだ未完成な「作家マイナスワン」の熱い作品が読めるからだ。しかし例外もある。『マイナス・ゼロ』のような完成度100%の小説が同人誌で発表されていたこともあるのだ。

この時代のSF小説、という特殊な事情もあったのだろう。SFはまったくマイナーなジャンルだった。なにしろ『マイナス・ゼロ』が連載されていたSF同人誌「宇宙塵」は、日本最初のSF商業誌「SFマガジン」よりも歴史が古いくらいなのだ。

こんなに月一の連載が待ち遠しかったのは、小学生時代の月刊漫画誌の『鉄人28号』しかない。

その後、単行本化されたのは知っていた。でも「宇宙塵」での連載のイメージが強かったので、単行本化されたのは読んでいない。文庫になったのも知っていたが、「そのうち必ず…老後にまとめてね…」と勿体つけて残していた。やがて駄文庫本の氾濫に埋もれて絶版になっていたらしい。

そこに、今回の復刊だ。「広瀬正・小説全集」。ついに買ってしまった。決め手は「活字が大きく」だった。
ちょっとなさけない。

子供のころから活字中毒だった。電車などの移動中に読むことも多い。だから、本は小さい方がいい。活字も小さいほうがいい。小サイズの本に活字と物語がぎっしり詰まっているやつがいい。
そう。書店で本を選ぶときの最終的な決め手は、活字がニ段組かどうかだ。

いや、「だった」のだ。
ところが今はどうだ…。ハヤカワポケミスなんて、本能的に近寄らないようにしてしまうという体たらくだ。だって、揺れて暗い電車の中で、老眼鏡をかけてポケミスを読んでいる姿なんて、潔さの欠片も感じられないだろう?

で、そんなこんなで、広瀬正の小説「全集」なんだよ。これから、『ツィス』や『エロス』や『T型フォード殺人事件』という長編、その他の短編+ショートショート集をもう一度、もう一度、きれいな身体と心で読めるんだよ。活字が大きいからだいじょうぶだよ。

そうだ。興奮しているばかりで、広瀬正の小説のどこがどうすばらしいかは書いてなかったね。

緻密な構成〜緊張感に満ちた〜考えさせる〜細かい風俗描写へのこだわり〜良質なユーモア〜ほのぼのしている〜ジーンとくる・・・・・なんでもいい。小説のほめ言葉を知ってる限り挙げてごらん。そのすべてに該当しているのが、広瀬正の小説だ。しかもどの作品もどこを輪切りにしても、「センス・オブ・ワンダー」に満ちあふれているのだ。

読まないなんて損失だ。人生の浪費だ。
すべての文字が読める人に一読をお奨めする。って言うか、読め!

広瀬正は1972年心臓発作により急逝した。享年47歳。小説家としてメジャーデビューから僅か数年だった。作品は少ない。三年連続直木賞候補になりながら、受賞を逃がした。1970年代初頭の話だ。

SF小説だから」だったのだろうという考察は、2050年に馬頭星雲書房より発行された『SF小説興亡史(第三巻)』に、「日本SF暗黒時代」として紹介されている。

ちなみに、SF作家が最初に直木賞を受賞したのは1975年の第72回直木賞半村良だった。しかし、受賞作は、非SF作品『雨やどり』でだった。SF小説ファンは皆、世間と選考委員のじいさんたちの偏見を呪った。この事実を悲しんだ。
今から80年前の話だ。