代田橋『まるやま』にて、プロジェクト"X"第四回「種物三昧の夜」(長い"枕")

あなご天せいろ



東京世田谷区に40年以上住んでいる。住所をきかれる。「いい所にお住まいで」と言われる。本人は、特にいいところだとは思っていない。

昔の畦道のままちょっと広げて舗装しているだけで、道路は狭くうねうね。整備されていない。郊外にしては自然な緑が少ない。定住するには中途半端なエリアなんだろう、とりあえずの流入人口が多く、古い地元の商店は壊滅状態でチェーン店ばかり。個性に欠ける。近所の商学部に通ってくる学生どもが、居酒屋帰りの夜に駅前でたむろしているせいかどうか知らないが、朝の駅前はたばこの吸殻だらけだ。

数少ない自慢できるものは図書館だ。区の蔵書数は東京都でも有数らしい。が、それ以上に、利用規則が緩くて心地よい。WEBからの検索予約システムも軽快で使いやすい。
でも、決定的に突出しているのは、マンホールが多い!ということだ。

世田谷区、特に砧を中心としたエリアにはマンホールが多い、という話は以前書いた。これは、世界に自慢できる景観だと信じていた。世田谷区を越える場所はないだろう、と。
ところがだ…、杉並区に負けた。完敗だ。まさか、こんな所に「マンホール天国」があるとは知らなかった。

だって、150メートルほどの長さの路地に、ほとんど1メートル置きにマンホールがある。道路左右の住人全員がひとり一個のマンホールを所有しているのか、と思わせるほどなのだ。全部の蓋を外したら壮観だろう。トムとジェリーに出てくるガスホールの空いたエメンタールチーズ状態だ。

杉並区恐るべし。こんなところで密かにギネス入りを狙っているとは。まもなく世界遺産に登録され、保存されることになるだろう。

そんなマンホール天国エリアのほど近くに、石臼挽手打蕎麦『まるやま』がある。最寄駅は京王線代田橋。環七と甲州街道の大原交差点のすぐ近くだ。地元の人には、旧名『長寿庵』の方が通りは良さそうだ。そこで、「プロジェクトX(ばってん)」の第四回目企画がにぎにぎしく開催されることになっている。

それはこうして始まった…

YとHには野望があった。
あそこで、あれも、これも…、一気に食べ尽くしてみたい。
それには、克服しなければならない課題も多かった。
ひさしぶりに永福町で会った。
その日も、二人は蕎麦屋の話をしていた。
T志の蕎麦、全種類を食べてみたい!
しかし、T志の盛りは多く、二種類食べるのも容易ではなかった。
二人は頭を抱えた。
そのとき、Cr庵の店主Kが言った。
皆で自転車で食べに行きましょうか?
二人はこの提案に飛びついた。
まもなく、ポタ好きのAとJが加わった。
知らせを受けたSは電車で駆けつけた。
2008年1月吉日、最初の目的地に彼らが集結した。
果てしなき野望実現の第一歩だった。

なんか、以前はやったテレビ番組みたいで格好いいなあ。ただ、蕎麦好きの大食い連中が集まっただけなんだけど。
ま、ともかく、一月の寒風吹きすさむ中、府中『たか志』制覇プロジェクト+蕎麦ポタ会が開催された。これが、「プロジェクトばってん」の第一回目となったのだ。

その後、毎回メンバーが増え、プロジェクトは順調に進んだ。
第二回目は3月吉日、永福町『黒森庵』制覇だった。これには、蕎麦前と日本酒メニュー全制覇というおまけも付いた。
第三回目。4月吉日。桜満開の季節。狛江『志美津や』にて、 熟成蕎麦バトルロワイヤル。ここまで「熟成蕎麦」にこだわった集まりは、おそらく世界初だっただろう。

そして、まもなく、ついに本懐が遂げられる。もうだいじょうぶだよ。これで、辞世の句など詠みながら美しく逝けるのだ。いよいよ代田橋『まるやま』で、第四回目の例会が行われるからだ。今回のテーマは「種物三昧」。死に際に無様な一言を発させないためのプロジェクトだ。ああ、あと何日待てばいいのだろう。はやく楽になりたい。