高田馬場、もりと木骨モルタル造りの家々

男子下宿 賄付



新しく家の娘になった「シエロ」。いろんな場所に連れていってやろうと思い立つ。四月のような陽気、ポタリング日和だ。黒森庵全メニュー制覇プロジェクトの時に、神田川上流は走っている。今日は都心に下ってみよう。神田川の環七以東を走るのはひさしぶりだ。

じゃあ、昼は『もり』にしよう。ここもしばらく行っていない。

高田馬場『もり』は難しい店だ、という蕎麦好きが多い。といっても、ご店主が気難しいわけではない。一人で仕切るには手頃な狭さの店を、大柄な店主が愛想良く切り盛りしている。じゃあ、いつも行列ができていて入り難いのかというと、それほどでもない。昼も夜もいつもちょうど良く混んでいる。
ただ、臨時休業が多いのだ。

『もり』の三色蕎麦を食べよう。今日はどんな変わり蕎麦だろうかと、混まなそうな時間を見計らってわざわざ行ってみると休み!ということが多いらしい。
「らしい」と書いたのは、わたしは幸い全勝だからだ。地理的な問題もあり、多くても年間数度しか行かないが、臨時休業日に出会ったことがない。

開店時間11時半ちょっと前に到着。ついに初の一敗かと予感させる。シャッターが閉まったままだ。おじさんのでかいバイクも停まっていない。でも、だいじょうぶだよ。きっと、おじさん、昨夜飲みすぎて、寝過ごしたんだよ…。どこまでも楽天的な奴。

高田馬場あたりをぶらぶらするのははじめてだ。その辺をちょっとポタってから、もう一度来てみよう。と。
いやあ、いいなあ、この辺りの横町の風情。木造モルタル二階建てばかりだ。下町以上に下町さが残っている。少なくとも、わたしが生まれ育った「下町」からは、こんな風景は根絶やしにされてしまっている。車は通れない狭い道に、坂がまたいいアクセントを添えている。

古典的な、小説に出てきそうな下宿屋がある。「男子下宿・賄付」と書いてある。なつかしい。まだあるんだ…。まだあるということは、当然、利用者がいるんだろう。どんないまどきの学生くんが住んでいるのか興味がある。しばらく汗を乾かしながらたたずんでいるが、誰も通らない。そうか、もう春休みだもんね。

こんな下宿だ。もちろん門限はあるだろう。玄関の横には、凶器になりそうに重いダイヤル式の黒電話があるに違いない。ジーコジーコ音がするやつだ。電話取り次いでくれるんだろうか?(みんな携帯持ってるよ) 風呂があるはずないよね。冬はぜったい、洗い髪がしんまで冷えちゃうんだろうな…等々と、しばしかってに妄想。

『もり』に戻る。遠目にバイクが見える。おじさんがバイクから生舟を降ろしているところだ。眼が合う。「すみません。開店遅れちゃって。お待たせいたしました」。いまだ全勝、負けなし。

今日の変わり蕎麦は「蓬切り」だ。『もり』に来たら、変わり蕎麦を食べなくちゃあ。「グラス売り300円」の酒メニューを横目で睨んで、迷わず三色を。



この店、本当に安いんだよね。三色蕎麦で1,000円を切る手打蕎麦屋って他にあるだろうか? しかも、味も量も半端じゃないのだ。お腹がすいていたので三色を大盛りで頼んだことがある。次々と出てくる三色を黙々かっこんで、店を出てから蕎麦のゲップが出た。はじめて蕎麦で胸焼けした。

「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」

一年以上ぶりの高田馬場。『もり』でお腹が、町並みで記憶が満足。帰路は神田川から離れて、馬場から百人町あたりを回って下町風情を探しながら帰ろう。