蕎麦の「つけ汁」は何にする?

店主近影



「つけそば」と聞けばラーメンのことを想像してうんじゃないだろうか?でももともとは日本蕎麦屋のものだ。その代表が「鴨せいろ」だ。鴨肉をしっかり煮込んだ熱々のだし汁に冷たいそばをつけて食う。たまらないね。

良質の鴨肉は煮込んでも比較的固くなりにくい。だから、しっかり煮込める。しかも鴨肉は脂が多い。この脂分と甘辛いそばつゆの相性がたまらないね。つけ汁に浮かぶ脂分をざく切りのネギで抑える。まさにカモネギの相性。たまらないね。蕎麦はといえば当然ながら江戸前の細切りだ。細切りの蕎麦がたまらない汁にからんで、たまらないね。
というわけで、今日はたまらないづくしなのだ。

せいろのそば汁をこぼしてしまった店主が、蕎麦の残りも少ないことだしと、長女が食べた鴨南うどんの残り汁につけて食べた、のが「鴨せいろ」の始まりらしい。は昭和38年、銀座一丁目の『長寿庵』でのことだ。よくぞそば汁をこぼしてくれたものだ。鴨南うどんの汁を残していた長女もえらいぞ。

ま、それはいいとして、いずれにしろ鴨せいろが大好きなのだ。蕎麦屋に座るたびに必ず葛藤が生じる。特にはじめての店ではだ。

初訪問なのだからまずは当然「せいろ」だよね、という通奏低音から始まる。やがてチェロがつぶやき始める。「かけ汁もきになるよね」と。バイオリンが気を引くように。「蕎麦屋に来たのに天ぷらはいいのかしら」と。木管ども口々に主張する。「花巻は」「カレー南蛮よ」「辛味おろしもあるぜ」と、頭の中で魔女のロンドが始まってしまうのだ。
やがて、すべてのモチーフは「鴨せいろにしろよ!」という金管のファンファーレの影に隠されてしまうのだ。

そう、鴨せいろこそ最強の蕎麦屋メニューなのだ。

鴨せいろのバリーションとしては、鶏を使うこともある。鶏を使うのならば玉子もとじて「親子汁」なんてものある。きのこ汁もいいダシがでてるね。でもハードボイルドなわたし向きじゃあないが。
おっと、てやんでえ、真打を忘れちゃいませんかってんだ!って。だいじょうぶだよ。忘れていない。真打中の真打「牡蠣せいろ」様のお出ましだ。

そうそれはその通りなのだが、通年メニューではないことが悔やまれる。誰か何とかしてほしい。冷凍でも文句は言わないのだ。

牡蠣汁だけを先に貰う。牡蠣やネギを引っ張り出してツマミにして一杯やる。牡蠣が最後の一個になったところで蕎麦を所望。汁はつけずに蕎麦を1/3ほど愛でつつそのまま食べる。そしてついにそのときが来た。いよいよ合体のときだ。残りの蕎麦に牡蠣汁をたっぷりつけて一気に決着をつけるのだ。

そんなこんなで、心迷わせられる蕎麦屋に行くのはとても苦痛なのだ。それでも週末になると蕎麦屋が歌うセイレーンの声が脳内に響き、なじかは知らねど引き寄せられてしまうのだ。最終的に魔女のロンドを聞くことになるのがわかっていてもだ。

しかしこの葛藤、なんとかならないだろうか?と真剣に悩む純な心を知ってか知らずか、「こっちへおいでよ」とタヌキ神の声が・・・・・。
そこには、なんと、牡蠣、鴨、きのこ、海老天、おまけに玉子までの全部入りの黄金郷が広がっていたのだ。

それがこれ、喜多見『志美津や』特性「そば振り鍋」だ。

鍋の中の具材を引き出しながら一杯やる。牡蠣鴨きのこかまぼこネギ白菜に海老天だ。軽く一回りした頃に蕎麦を貰い、何もつけずに蕎麦の風味を楽しむ。また具材で一杯二杯三杯∞。蕎麦一口分を籠に取り、鍋のなかでシャブシャブさせて温め、具材と汁と一気にぶっかけというかあつもり状態でかっこむ。そろそろ玉子と蕎麦を投入してかき玉するかと…気がつくともう蕎麦がない…。

蕎麦自体がそのままでおいしい。それをちょっとシャブシャブして具材と汁と一緒にしたぶっかけ状態がとてもおいしい。なんでも「そば振り鍋」なんて覚えられない名前が付いているが、新たに命名することにした「シャブシャブ蕎麦」略して「シャブ蕎麦」と。名前を聞いただけで癖になりそうじゃないか!



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