かき揚げ、至高の「タイタニック乗せ」

箱そばかき揚げタイタニック乗せ



立ち食いは「かき揚げ蕎麦」に決まっている。手打蕎麦屋で「せいろ」を食べるように、これは、蕎麦食いとしての基本姿勢だ。

寒風吹き荒ぶ中、背中を丸めて手打蕎麦屋に入る。かじかんだ手をこすりながら息を吹きかける。で、店主の顔をちらりと見て言う。「せいろ」と。

真夏。炎天下。12時47分を30秒ほど過ぎたところ。雨の後。湿度は70%を越える。自転車を降りるといきなり汗が噴き出す。自販機の前に仁王立ち。迷いを吹き払って「かき揚げ蕎麦」のボタン。店側も心得ている。丼をしっかり湯煎している。ちゃんとした陶器の分厚い丼だ。冷めにくいんだろう…。カウンターの七味を取る。しっかり汁に溶かし込んでから、蕎麦を一気にかっこむ。

途中、眼の回りの汗で周囲が見えなくなるが、かまったものじゃない。ホワイトアウトしてでも食べ続ける。汁を飲み干す。男の生き様なのだ…。これを、ハードボイルドと思うか、なさけない姿と思うか、それが、人としての資質を分け、大人の成熟度を推し量るポイントなのだ。

ま、それは置いといて。たかが立ち食いのかき揚げ蕎麦じゃないか、なんて言うなよ! 一個100円の野菜かき揚げにも、その道にはその道のノウハウというかスキルがあるのだ。揚げ置きで油がまわってしまっているか揚げたてか、などという姑息な話ではない。

チェーン本部から提供される同じ材料を使っていても、大きさ、分厚さ、密度と様々なファクターで、味は異なる。それどころか、どのタイミングで、どの様にかき揚げを丼に投入するかだけでも、断言する、一杯350円の値打ちが根本から異なってしまうのだ。

そう。その店は、汁を入れた後、その上にそっとかき揚げを寝かしつけるのか。軽く湯がいた後の蕎麦の上にいきなりかき揚げを乗せ、後から汁をぶっかけるのか。これだけで、その後の人生が一変してしまうのだ。早食いのわたしの場合はたった5分間だけど…。

前汁と後汁。
でも、だいじょうぶだよ。乗せ業はこれだけではない。いま旬なのは「タイタニック乗せ」だ。横に乗せない。汁を入れ、ワカメとネギを乗せた後、丼の端にかき揚げを縦にそっと入れる。

船首から三分の一を失った巨船は、丼を受け取り移動する間も、ゆっくりと沈んでいく。席に運び、七味を入れながら、しばしこの景観を楽しみつつ夢想する。そこにはどんなドラマが生まれているのだろうか?(何も生まれてないよ!)

おもむろに船尾近くを箸でつまみ、カリカリの部分を一口かじる。あッ、今日は揚げたてだ。良い一日になるに違いない。汁に接して適度に柔らかくなった部分をもぎ取るように食べてみる。…。ここも旨い。
その後は、沈みゆく巨船に思いをはせ、粛々と、というかワシワシと食べつくす。沈み溶けきったかき揚げまじりの汁を残さないことは、人として言うまでもないことだ。

このかき揚タイタニック乗せ、箱根そば成城学園前店」で楽しめる。