蒸し暑い日にはジンマンの『英雄』を聴く 

ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ



7月は毎年恒例の「ベートーヴェン月間」だ。いろいろ異論はあろうが、とにかくベトベンを聴きまくる月なのだ。ちなみに、8月はワーグナー(これはわかるね。それ以外の選択肢はない)、9月はメンデルスゾーン、10月はモーツアルト、11月はブラームスと続く。12月は?それは秘密だ。

それはさておき。
久しぶりにiPodをポケットに入れ出発。今日のような蒸す日は軽快で爽快な音楽が聴きたい。そこで、ベートーヴェン交響曲第三番『英雄』だ。

三番『英雄』って、葬送行進曲を含む、あの壮大な蒸し暑い曲だろう?そもそもベートーヴェンって、濃くて分厚くてヒステリックで暑苦しい、んじゃないか…。と思っているあなた、そう、そこのあなた、それは違う。ベートーヴェンほど美しい旋律を書いた人は少なく、『英雄』はとても室内楽的なコンパクトな佳作なのだ。…と思う…。

われわれが思うベートーヴェンの音楽像は、19世紀後半の、特に世紀末の指揮者たちが寄ってたかってベートーヴェンの楽譜に、勝手な解釈をつけて肥大化させてしまったものなのだ。その解釈が20世紀もずっと受け継がれてきたのだ。そのなかでも特に『英雄』は、ナポレオンというタグが付けられがちなため、壮大なロマン派的曲として演奏されてきた。

しかし、スコアを見ればよくわかる。本来の「音」はしなやかでよく走りそうな、非常にうつくしい対位法で書かれている。小編成のオーケストラが良く似合う。

ベートーヴェンの中でも有名中の有名曲だ。名演も多い。が、今日、特に選んで聴いたのは、「ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団」という怪演中の怪演だ。
なんというか、ノリの良い軽快な演奏なのだ。他の巨匠たちのような終了後の精神の高揚感は皆無。スポーツの後のような爽快感に包まれる不思議な演奏だ。「ドライブが利いた演奏」とでもいえばいいのだろうか…。

ジンマン−チューリッヒベートーヴェン交響曲全集は、1997年に出版されたジョナサン・デル・マール監修のベーレンライター版を使った最初のレコーディング、としてマニアの間で話題になった演奏だ。途中数箇所、えッ、思わず戻して確認したくなるような奏法がある。スコアがそうなっているのだろうか?…ジンマン自身がしかけたギミックなのかは、ベーレンライター版のスコアを見ていないので不明だ。(ベーレンライター版についてはまた別の機会に書きたい)

しかし、この演奏、多くの正統派ベートーヴェン好きには許せない演奏ではないだろうか。わたしはどうかって?わたしも正統派!でもだいじょうぶだよ。この程度ならば十分に許容範囲だ。(それって正統派ではないからじゃないのか?)

いくら好きでも、数十枚をとっかえひっかえ聴いていても、煮詰まってくるときがある。そんなベートーヴェン倦怠期にはジンマン版を聴いてリフレッシュするのだ。この演奏を聴くと、確認という意味でも、必ず他の演奏が聴きたくなる。
評判だけ聞いて嫌がらず、ベートーヴェン好きならばぜひ一聴してもらいたい。かならず感じるものがあるはずだ。

発泡酒って変な商品だ。けっしておいしくはないので、好んで選ぶものではない。が、のどが渇いているときに手軽にグビグビプハ〜ッするには最適だ。で、飲み終わると、やはり本格的なビールが飲みたくなる。そう、他の演奏がビール(確かに第三番『英雄』にはギネスからスーパードライまで各種そろっているな)ならば、この演奏は発泡酒なのだ。

というわけで、帰りにはギネスを一杯やって帰ろう…と思い続ける今日この頃のわたしなのであった。