ブラームス ピアノ協奏曲第一番 ニ短調 レコード盤の傷の一音一音に

Hosanm2007-03-25



今日は早朝から激しい雨。ポタリングもできそうにない。昼蕎麦もやめ。昼蕎麦もしないくらいなんだから、当然、多少持ち帰った仕事も、もう絶対やらないだもんね。と、終日、家でごろごろ。朝から一杯やりながら、(夜までずっと!)久しぶりに集中して、「スピーカー」でクラシック音楽を聴く。

最近、音楽の好みが、はっきり変わった。特にクラシック音楽の傾向が。

例えばモーツアルト交響曲だったら40番のト短調のような、多少なりとも影というか粘りのある楽曲が好きだったのだが、もっとさばさばした明るい曲がここち好くなってきた。もともと、38番や「フィガロ」のような「良く走る」曲は好きだったが、最近気にいっているのは、もっとあっけらかんとした31番「パリ」やディベルティメントのような曲だ。

で、今日、特に選んで聴いていたのはブラームスだ。そのなかでもピアノ協奏曲を。

ブラームス ピアノ協奏曲第1番は、1858年25歳の時の作品、弦楽六重奏曲第1番とならぶ、初期の代表作のひとつだ。両曲とも、とてもあのブラームスとは思えない。若者特有のロマンティックな部分(ひとはセンチメンタルともいう)が前面に押し出された曲だ。

数ある巨匠の名演奏の中でも、若きブルーノ・レオナルド・ゲルバーのピアノ演奏盤が好きだ。
ブラームスの作曲時とおなじ、25歳くらいの録音のはずだ。日本ではこれがレコードデビュー。そもそも、巨匠が弾くはずのブラームスをこの若年で録音したこと自体が話題になっていた。
それも、後に雨後のたけのこの様に現われてくる超人的テクニックのみの新人ピアニストとは異なり、この若さでこの表現力が、と話題になった。

ゲルバーは1968年に初来日し、この曲を弾いた。どこのオーケストラとやったのかは忘れてしまった(N饗だったと思うが)が、ブラームスらしく堂々と、かつ情熱的なすばらしい演奏だった。
若干足をひきずりぎみに、頼りなさそうに舞台に現われた。長く壮大なオーケストラの後に出てくる、最初の繊細な数小節で、ゲルバーの世界に引き込まれてしまったのをよくおぼえている。

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若い頃、ほんとうに若かった10代に、ブラームスが好きだった。少なくとも好きだと思っていた。ブラームスの持つ「渋さ」を一生懸命(そんなもの、若者がむきになって聴くなよ)わかろうとしていた。もともと渋めのブラームスなのに、その中でもさらに、もっともっと、渋めの曲を選ぶようになってもいた。

突然、興味がしぼんだのは、師事していた人のある一言、というか一文を読んでからだ。(それについては、またいつか触れる機会があるだろう)
若いのに粋がっていて、「ブラームス良い」といっていた自分に気づき、とたんに肩の力が抜けて、どうでもよくなってしまったのだ。

ブラームスに回帰したのは、ごく最近のことだ。「やっぱりブラームスは良いね」といまなら自信を持っていえる。そのきっかけとなったのは、突然思い立って、古いレコード棚の奥から引っ張り出して聴いた、ゲルバーの弾くこの曲だった。

ジャケットとレコード盤の埃を丁寧に落として、ひさしぶりにプレーヤーにかける。聴き込んだレコードゆえノイズも傷音も多い。いや、むしろ、ボッチボッチという傷の一音一音に、ブラームス嫌いだった自分の埃も、少しずつ落ちていったのだった。いつでもだいじょぶだよ。戻っておいでよと。