黒姫改め飯綱『ふじおか』開店直前の昼蕎麦昼酒三昧

美しいせいろ 飯綱「ふじおか」



高度が高くなると気圧が下がるのは誰でも知っている。難しい式は抜きにして、5,000メートルごとに"約"半分になるらしい。

わたしが生活していたコロンビア・ボゴタ市は、アンデス山中の盆地、高度2,600〜3,000メートルに位置する。八ヶ岳の頂上で生活しているようなものだ。そのために東京暮らしとは違ういろいろな現象が起こる。
登山と違う。高度順応なしに飛行機でいきなり降り立つのだ。訪問者はたいてい軽い高山病にかかる。頭痛がするという人もいる。歩いていてふらふらするという人もいる。極端に食欲が落ちるという人もいる。息苦しくて夜中に眼が覚めてしまうという人もいる。

わたし?わたしは順応性が高いので平気。「自分の身体に鈍感だからだ」という意見もある。否定はしない。
はじめての場所、しかも何かの縁がなければ訪れないような場所に、会社の金で旅行させてもらって、楽しくてしかたなかった。最初から快食快眠だった。ただ、いっときだけど酒が弱くなった。
ビールを飲んでひさしぶりに熱燗を一本やっただけで、帰りに足元がふらついた。

高地では空気が薄い。ヘモグロビンが脳に酸素を供給しにくくなる、呼吸が速くなり心臓の鼓動が速くなる、アルコールが運ばれる速度も速くなるので酔いやすくなる…という説もある。
実ははっきり解明されていないという話もある。低酸素症の症状が酔いと似ているので、酔ったと思うだけらしいということだ。

反対にタバコに強くなる。はやりの軽いヤツでは喫った気がしないので強いのを求める。だから、ボゴタでの一番人気は"普通のマルボロ"なのだ。それにあいつは喫ってるという格好自体に習慣性があるので本数は変わらない。どんどんヤニ中は加速する。

それから、これを忘れてはいけない。空気抵抗が少ないのでボールが良く飛ぶということだ。
コロンビアではテニスに夢中になっていた。自称シングルというゴルフ好きの日本人が言っていたが、東京とボゴタではドライバで数メートルの飛距離差があるそうだ。ゴルフボールのように小さくて重く固いボールでもなのだ。テニスの軟らかい毛ば毛ばボールへの影響は大きい。

初中級者用のテニスラケットの売りのひとつに「良く飛ぶ」というのがある。試しに一本買ってみたがこれが使い物にならない。いつもの力とタイミングで振り抜くとバックオーバーしてしまうのだ。
空気抵抗が減るからスピードもあがるだけではない。回転のかかりが悪くなり、同じ回転数ではドライブの効果が減ってしまうのだろう。

煮炊きに困ったという話は以前書いた。沸点が80℃あたりなので、普通の炊き方ではジャポニカ米やパスタに芯が残ってしまうのだ…という話をまた引っ張り出したのには理由がある…。

長野県に『ふじおか』という手打蕎麦屋がある。世の蕎麦好きの間どころか、蕎麦打ちの間でも畏敬の念を持って語られる伝説的な蕎麦屋だ。残念ながら噂のみで今まで行ったことがなかった。そのまぼろしの『ふじおか』が黒姫の店を閉め飯綱に引越すという。オープンは8月1日でお試しになってしまうが開店前に食べに来てみないか!!という魅力的なお誘いに乗って行ってきたのだ。はるばると。

うまかった。極細にていねいに切られた蕎麦。顔を近づけると蕎麦の香りが漂ってくる。同行の蕎麦ヲタ連中から口々に感嘆の言葉で出るようなすばらしいさ。一口たぐる。うまい。しかし、この細さにしてちょっとアルデンテか、と思わせる微妙な硬さを含んでいる。カタ麺好きとしてはまったく問題ない。むしろ「うめ〜」とひと鳴きしてしまうくらいなのだ。
蕎麦だけじゃない。素材が厳選された野菜たちもすべてウマうま状態。わざわざ車を仕立てて行ったことが納得できる至福の昼蕎麦昼酒だったのだ。

で。帰路。誰からともなく言いだす。
「ちょっと硬くなかったか?」
「茹で足りなかったのか?」
「でもふじおかさんに限って…」
「厨房道具のほんとどが新しかったからか?」
???????。

好き者こぞりて食べに行くとよくされる会話じゃないか、と思ったあなた。あなたは甘い。オタクをなめているんじゃないか?真のオタク道を知らないだろう!そんじょそこらの仮性オタクじゃあるまいし、こんな"はてなマーク"満載のオチで、真性蕎麦オタクが納得するわけない。あなたとは違うんです

会話は続く。
「黒姫の店の高度は600メートルあたりか…」
「こんどの飯綱は1,200メートルあたりだよな…」
「開店の準備でしばらく調理していなかったって言ってたよね…」
「高度の差に慣れていないんじゃない…」

むムむッ!そこまで来るか…。しかしこれは実に納得できる説明だ。600メートルの高度差は蕎麦の茹で時間に、しかもあの細さに対しては数秒の差を与えてしまうに違いない。そうなのだ、高度と気圧と沸点と茹で時間は微妙なのだ。そこを直感的に見抜いてしまう真性オタク恐るべし。ヲタに三日会わざれば刮目して見よ。

でもだいじょぶだよ。これから開店まで、名人匠の『ふじおか』ご亭主はチェックの毎日だろう。こんな些細な違和感は簡単に解消されてしまうのだろう。人としての義務のため今回参加できなかったメンバーもいる。また涼しくなってから行こうねという話もある。そのときを楽しみに、それまで蕎麦ヲタ道に一歩でも近づけるよう邁進する所存でございます。何卒応援御支援賜りますよう伏してお願い申上げます。ということで。ねえ、みんな、次はどこへ行くの?



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