姫祭の夜

菊姫勢ぞろいの図



ちょっと吉祥寺まで時間旅行をしてきた。

最近、古い本を読み直している。きっかけは『文人悪食』だ。そのときにも書いたけど、日本の近代文学を読みまくったことがある。十代の頃だ。決しておもしろくて読んでいたわけではない。その他に、ジャズもロックもクラシックも聴きたい、ピアノも弾きたい、映画も観たい、サッカーもやりたい、読書だってSF狂いだった頃だ。もちろんそこそこ勉強もしていた。子供心に「早いうちに押えておこう」と思っただけだ。その頃からの慢性寝不足は今も続いている。

それが、数十年たって読み直してみると、これがけっこうおもしろいのだ。
そうかそういうことかと、嫌いだった自然主義小説もすいすい入ってくる。花袋も秋声も泡鳴も、あんなに嫌いだった藤村だってけっこういける。ついでに中島京子の『FUTON』なんてのも読んでしまった。名無しの妻目線の「蒲団の打ち直し」なんてことよく考えたものだ。

おっと、また話がそれるところだった。
きっとこんなことって多いのだろう。というか日々その連続なのだろう。物事に出会えたときの自分の年齢…、経験の足りない十代に頭でっかちに読んでいた本…、大人になって百戦錬磨の末に読んだ本…、それだけじゃない、大人になってはじめて読んだケースと昔一度読んだことがあるというケースだってある。同じ作品がそれぞれ違ったように受け止められて当然だ。だから一期一会というのだろう。

と、まあ、こんなわけで、場面は変わり吉祥寺『中清』。11時半だ。口開けらしい。他の客は居ない。ご主人が奥からうれしそうにやってくる。

「あの、さあッ。菊姫の山廃吟醸の古いのが一本づつ入るんだけど、どうする?」
エッ、古いのって…。
「平成八年、九年、十年、十一年。酒屋が保管してるんだって」
どうするって言われても…。不意打ちとは卑怯者!

う〜ん、そんなこと突然、どうするって言われても困る。逆らえるわけがない。何がかはわからないがわけもなく口走ってみる。「だいじょうぶだよ」

永い間あこがれていた女性に突然、三泊四日の旅行に誘われたら…あなたならどうする?二泊三日でもいいけど…。
大幅に比喩が違うな、これは。
では言い換えてみよう。十年前のあの娘にまた逢えるとしたら、どう? しかも四年連続でそれぞれの時のあの娘に同時にだ。しかもしかも、相手は"あの姫"の「山廃吟醸」なのだ。しかもしかもしかも、自分は十年分の経験を積んだ状態でだ。きっといくぶんかは余裕を持ってあの娘の別の良さを見つけられるだろう。

そんなこんなで、ようするに、飲みに行ってきたのだ。七人の酒飲みオタクを集めて!
今年のも二年前のもニゴリもあるらしいし、どうせ一回りで済むわけがない。端から始めてまた逆に戻って飲み較べてみたり、気に入ったやつをぬる燗にしてみたり、オオこれはいけますねとか、今度は60度で燗をつけてみてはどうでしょうとか、そうしましょうそうしましょうとか、フムフム吟醸香が高まりますな、なんて言ってみたり、そう簡単に終わるわけがないのは読めている。

で、雨の吉祥寺へタイムスリップして、ハーレム状態で昔の姫たちに会ってきたのだ。年度の新しいものから、二人ずつ登場してもらう。最後にニゴリと再登場のリクエストも、等々式次第は順調に進む。どの歳の姫もそれぞれの特徴があって魅力的だった。心地よい酔いに、姫好きなだけでただの酔っ払いのわたしには評価すらできないのだ。

中清おやじさん、あんな値段で貴重な酒を飲ませてもらってありがとう。
それにメンバーのひとりが秘蔵の酒を開栓したいらしいという耳寄りの情報も手に入れた。次はそっちか!ともう姫のことはすっかり忘れているわたし。



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