1/10の大切な小説『リプレイ』

グリムウッド「リプレイ」



「タイムトラベルものは切ない」という話を書いていて、かって、他のWEBサイトで、こんな本の紹介を書いたことがあるのを思い出した。ええと、どっかにあるはずだ。探してみよう。

時を超えてめぐり会う2人の2つの話。

久しぶりに、急ぎの仕事がない休日。まとめて小説を読もうと思い、平積みの中から選んだ2冊。偶然2冊とも、テーマは時を超えためぐり会いだった。ハーレクインのファンはもちろん、心の油の切れかかったおじさんやおばさんも、たまにはロマンチックな小説世界にひたってみては。

『リセット』 北村薫(新潮社)

淡々とした展開と、あっと思わせる仕掛けの両立が、北村薫の特徴だ。戦前戦中のお嬢さんの日常が描写されていく前半。戦後、中年男性の少年時代の回顧録がつづられる中盤。ちょっと退屈かもしれないが、読むのをやめないで欲しい。再びめぐり会った2人。ヒロインのある一言に、この作品のすべてが表現されている。平凡でたいくつだったかも知れない日常が、ふと大切で愛おしくなる瞬間だ。これこそ、作者がこれまでのすべての作品で伝えているメッセージではないか。だから「リセット」なんてする必要がないのだ。作品の構成自体の中にメッセージを仕掛ける、この手法。北村薫推理小説作家マインドにまたまた脱帽。

ライオンハート恩田陸(新潮社)

結ばれることなく永遠に2人はめぐり会いつづける。それは、世界が金色に弾けるような心躍る瞬間だが、一瞬の邂逅であるため、あまりにもせつなく悲しい。雨のロンドンで、予言に導かれて林檎の木の下で、建設中のパナマ運河での、時を超え、場所を超えた、短いひとときの出会いのために、それぞれの人生を生きていく2人。そして“エリザベス”を経て、最終話に…。このただの大甘話になりかねない設定を、乾きめの短いセンテンスで描写、読者を小説世界にのめり込ませてしまう。恩田陸、泣かせてくれるじゃないか。

タイムトラベル物って、けっこう多いのだ。特にジュブナイルというか、10代の女子学生をターゲットとした量産ものに多いのではないだろうか。突然のドラマチックな出会いと別れのプロットを簡単に作れる「ツール」なのだ。網羅したわけではないが、そんな中でいけるのが、

あたりだろうか。

その他、小説としておもしろいのは、なんといっても古典作だ。

だいじょうぶだよ。日本にも傑作がある。どちらも読まずに死んではいけない。

しかし、「切なさ」といえば、もうこれしかない。それは、

  • ケン・グリムウッド 『リプレイ』

だ。1988年度の世界幻想文学大賞を受賞している。物語巧者である北村薫をして「時と人三部作」の『スキップ』『ターン』に続く第三作目を書かせなかった、といういわくつきの小説でもある。上述した『リセット』は、その結果生まれた。

いままでに何度も読んだ。読むたびにやられる。本を十冊だけ持って、ひとりで無人島に流されるならば、必ず持っていく一冊だ。

『リプレイ』は、前世の記憶を持ったまま、過去に生まれ変わり、何度も人生を生きなおす男の物語だ。リプレイ後は、「未来の記憶」を持っているのだから、物質的な成功は約束されたようなものだ。しかし、この小説が読ませるのは「人生は一度だからすばらしい」というメッセージをしっかり持っているからだ。

やり直しのきく一生なんて、きっと無味乾燥なものじゃないだろうか。一度だけでいい。だから、切なくいとおしい。

話は『バタフライ・エフェクト』に戻る。
確かに、主人公エヴァンも何度もやり直した。が、あの映画がすばらしいのは、「あそこ」を終着点としたことなのだ。だから、約束してほしい。DVDに付いてくる特典映像は、絶対に、見・て・は・い・け・な・い・よ。