デジタルは及ばざるが如し

突然響き渡る「あ〜あ〜あ、津軽海峡冬



理想のオフィス環境、なんて考えたことはないだろうか?

ひさしぶりにY君からお誘いを受け、一杯やっていた。Y君、いつにも増して上機嫌だ。彼の話術に気持ちよくはまって、いっしょに楽しい時間をすごさせてもらった。何でも、この一月に昇進したそうだ。おめでとう。君なら当然だよ。遅すぎたくらいだ。

何が一番変わったかというと、デスクが大きくなったのだそうだ。そうなんだろうなあ、一般的には、デスクの大きさは社内での権力のシンボルなんだろう。一平米あたりの土地代もレンタル料も安くないし、宅配便だって大きい荷物は高い。

PCが無かった一時代前の考え方ではそうなんだろう。
でも、今は違う。そもそも、自分のデスクなんていらない。ネットワークにつながっていれば、ノートPCを抱えて、その日その時の好きな場所に移動して、仕事をすればいいんじゃないかと思う。

で、わたしの理想の仕事環境はこんな感じだ。
ノートPCもいらない。オフィス内を自分のノートPCを持ってうろうろする…、なんて時代遅れなんだ。

いつも同じ場所で、同じ風景を見て仕事していると飽きてしまう。
いい天気だ。空でも眺めながら仕事をしてみようか。窓際のミーティング用の小さなテーブルにぶらりと歩いて行く。備え付けのPC端末のスイッチを入れる。不必要に重厚なOSもソフトも入っていないので、起動は一瞬だ。


昨夜寝る前に突然思いつき、書き始めた企画を仕上げよう。ブラウザーを立ち上げ、デスクトップサイトにアクセス。書きかけのワープロファイルを開き、プレゼンテーションアプリを立ち上げる。そうだ、この企画はこうしてみよう。いや、やはりこうした方がいいかも…。


外出の時間だ。続きはアポイントの合間の一時間に、インターネット喫茶でやろう。空を見上げる。ほんとうに、いい天気だなあ…。

ファイルは、リアルタイムにセーブしてくれるので、思考の流れを妨げられることもない。ネット上の自分のスペースにファイルが安全に保存されているので、どこでも作業の続きができる。何より、ソフトウェアをPCにインストールしているわけではな。ネット上のものをそのまま使うので、どのPCでも同じ環境で作業ができる。最近では SaaS(Software As A Service)とか呼ばれるやつだ。

ずっと同じようなことを考えて、実現できる環境を探してきた。
いちいち、作業中のファイルの「保存」に気を使いたくないし、保存のために「ファイル名」さえ考えたくないので、エディタとして「」を使っている。同じ情報を繰り返し目にしたくないので、メルマガは読まず、RSSフィードを使う。会社と自宅で同じメールをチェックしたくないし、特にスパムからの選別作業というむなしい行為を繰り返したくないので、WEBメールサービスを使っている。

すべての作業は「ブラウザー」だけがあればいいのだ。マシン毎のインストールが面倒で、高価な、かつ頻繁なバージョンアップが激しいアプリケーションを使用する必要がない。何て健康的なんだろう。
オフィスには自分専用のデスクもソフトウェアもいらない。専用PCすら所有する必要がないのだ。

インターネットの発展にともなって、こんな仕事の仕方はまもなく実現できるだろう。
でも、ひとつだけ問題がある。わたしは活字中毒、もとい、古いタイプの活字人間なのだ。いまだに。
だから、企画の全体像を再確認したり文字校正をするために、「一覧性があるからね」などという虚弱な論理のもとに、つい「プリントアウト」をしてしまうのだ。

「自転車はエコでいいよ」と言いながら、炎天下の夏や風の強い冬には近距離でもタクシーを使ってしまうように、「自然でオーガニックな味がいいよね」と言いながら、ときどき欧風チーズカレー味のカップ麺を隠れて食べてしまうように、「演歌は大嫌い」と言いながら、思わず『津軽海峡冬景色』を口ずさんでしまうのと同じように、そもそも、ペーパーレスではいられないのだ。

そうなのだ。デジタルに、効率良く、余計なものを所有しないで、さばさばと割り切って生きたいと思いながら、最後はアナログに頼ってしまうわたしって…。でも、だいじょうぶだよ。昔から言うだろう「デジタルは・・・・・」と。